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金沢地方裁判所 昭和44年(わ)225号 判決 1973年1月20日

被告人 井上登

昭二四・一・一〇生 学生

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は金沢大学生であり、昭和四四年六月二四日行われた安保条約反対、大学立法反対を目的とする集団示威行進に参加したものであるが、右行進については所轄金沢中警察署長が「行進は車道右側端を通行すること。だ行進、うず巻行進、いわゆるフランスデモ、ことさらなかけ足行進、おそ足行進など一般の交通の安全と円滑を阻害するような行進をしないこと」などの条件を付して許可していたにもかかわらず、他の氏名不詳者約三〇名と共謀の上、前同日午後七時四七分ころより同七時五六分ころまでの間、金沢市野町二丁目五番一〇号先(通称野町交差点)道路上においてうずまき行進(円を描いてする行進)をし、さらに同交差点から同市野町二丁目一番一七号先(通称野町広小路交差点)道路に至る約四〇〇メートルの道路上において、まず道路いつぱいを使用してのだ行進(道路上を左右に往復する行進)、続いて被告人の先導による道路左側におけるフランスデモ(隊列員の両手を水平にしてつなぐなどして隊列の間隔を広げた形での行進)、続いてかけ足行進をし、さらに右通称野町広小路交差点道路上においてうずまき行進をし、もつて金沢中警察署長が付した前記道路使用の許可条件に違反したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、道路交通法一一九条一項一三号、七七条一項四号、同条三項、石川県道路交通法施行細則一四条三号に該当するので処定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、憲法違反の主張について

弁護人は「道路交通法(以下道交法という)七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、石川県道路交通法施行細則一四条三号の各規定はいずれも憲法一四条、二一条、三一条、三九条に違反する」旨主張し、その理由として

一、道交法七七条一項四号が公安委員会に委任した行為は犯罪構成要件を委任したものであること、また同法七七条三項において所轄警察署長が許可条件を付することができる旨を定め右許可条件に違反した場合に同法一一九条一項一三号で罰せられる形式をとつていることはいずれも罪刑法定主義に違反する。

二、道交法七七条一項、三項は集団示威行進の規制の場所、対象許可申請手続が不明確であり、警察署長の行政処分に対する救済規定がなく、また、届出義務者、処罰対象者が不明確であり、許可を要する行為の範囲、警察署長の付する要件についても明確ではない。かかる漠然不明確な規定によつて制限を加えることは表現の自由の保障に違背する。又本件規制の具体的運用等の面にも不相当があり同保障を侵すものである。

というのである。

以下右主張について本件に関する限度で順次検討する。

一、については、

仮りに道交法七七条一項四号は犯罪構成要件の立法の一部を公安委員会に委任していると解釈する立場に立つたとしても、凡そ、複雑多岐に亘り、常に流動する現在の社会における犯罪の全てを細部に至るまで法律によつて網羅することは事実上極めて困難であり、時にはこれが不可能な場合もあるので、かかる場合には、例外的に、法律において犯罪の構成要件の基本部分を直接規定し、その余の部分について、相当な機関をして、一定の規制の範囲内で補充させる場合にも、なお罪を法定したと同一視することはやむを得ない措置として認容されるべきである。これを本件についてみると、道交法七七条一項四号は、犯罪の構成要件の基本となるべき要件として「一般の交通に著しい影響を及ぼす様な通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為等」であることを法定し、かかる行為中から具体的な実状に応ずるため、やむなく、構成要件の一部を「その土地の道路又は交通の状況による道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要である」ことを条件として補充することを公安委員会に委任するものであり、右委任に基き石川県道路交通法施行細則一四条三号によつて補充された本件構成要件は未だ罪刑法定主義を逸脱した違法なものとは認められない。

又、警察署長の許可の性質は、元来道交法七七条一項各号により道路の本来的用途でない道路使用を一般的に禁止されているものを特に支障のないと認める場合にその禁止を解除し適法ならしめるものに過ぎないので、その許可は犯罪構成要件を定めるものとは解されず、右許可に対する違背は実質的には同法条の禁止を部分的に侵犯したものと解すべきであるから、同許可の違背に対する刑罰は同法条の部分的違反に対する刑罰であると理解することができそうであるとすれば、これをもつて罪刑法定主義に反するものとは認められない。

二、については、

(一) 先づ道交法七七条が漠然不明確な立法である旨の主張について弁護人の論旨に従つて検討する。

1 規制の場所の特定について

道交法七七条一項は「道路」における行為を規制の対象としており、同法二条において「道路」とは「道路法二条一項に規定する道路、道路運送法二条八項に規定する自動車道および一般交通の用に供するその他の場所をいう。」としており、場所的には特定されていると解すべきである。確かに弁護人の指摘のごとくその適用範囲はかなり広いことが認められるが、概念の広いことは特定を欠くということと同義ではなく、また同条が交通の安全と円滑を保護法益とする以上、規制の対象を道路とし一般交通の用に供する全ての場所を含めたことは合理性も満たされているというべきである。

2 規制の対象の特定性について

規制の対象とされる行為については、石川県道路交通法施行細則一四条は道交法七七条一項四号をうけてその対象となる行為を制限的に列挙しており、右細則と相まつて明確に特定されているというべきである。

3 許可申請手続の不明確性、および救済規定の欠如について

道交法七七条の趣旨からいつて事前(警察署長が条件等を検討するに足る合理的時間を考慮に入れるものとする)に所轄警察署長に対して許可を求めれば足りるのであつて何ら不明確とはいえない。弁護人は救済規定の欠如について警察署長が許可も不許可もしないまま放置することを恐れるようであるが、それに対しては別の救済手段が解釈上考えられる(例えば、右のような署長の放置行為があり、許可不許可の決定のなされないうちにデモが行われ、デモ行為をしたものが道交法一一九条一項一二号に該当するとして起訴された場合には、右の事情が構成要件該当性、阻却事由又は違法性阻却事由となることが多分に考えられよう)。

4 届出義務者、処罰対象者の不明確性について

届出義務者(許可申請者)については道交法七七条一項四号、石川県道路交通法施行細則一四条によつて明らかであり、処罰対象者は道交法一一九条一項一三号によつて条件に違反した全ての者が処罰対象者であることは明らかである。

5 許可を要する行為の範囲についての不明確性について

前記2で述べたとおりであつて石川県道路交通法施行細則によつて明らかにされている。

弁護人は公安委員会への許可を要する行為の範囲の委任の基準について不明確である旨述べるが道交法七七条一項四号はその行為を一部例示する等詳細にその委任した事項についての基準を規定しており、不明確とは言えない。

6 警察署長の許可条件についての基準の不明確性について

道交法七七条二項において警察署長の許可を義務づけており、同条三項において「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な」条件を付することができる旨を定めており、個々の具体的な道路における右の要件をあらかじめ法律で定めることは不可能というべく、条件を付する基準についてもこれで足りるものといわなければならない。

7 以上に述べた如く道交法七七条は、いずれの面からも特定を欠くとは言えず、漠然不明確な立法である旨の主張は採用できない。

(二) 次に本件規制の運用等の相当性について検討するに石川県道路交通法施行細則一四条三号において、道交法七七条一項の許可を受くべき行為として集団示威行進を揚げているが、集団示威行進はその性質上、多数人が道路を行進するのであるから行進の方法、場所、時間によつては交通の安全と円滑に著しい影響を及ぼすことが明らかであるから、同細則一四条三号において集団示威行進を要許可行為としたのは相当であり、又金沢中警察署長が付した判示「罪となるべき事実」記載の条件は、元来集団示威行進は、うずまき行進、蛇行進、フランスデモ、かけ足行進などをしなければその目的が達せられない性質のものではないこと、前示各証拠によれば被告人らの集団示威行進が金沢市の繁華街を通行するものであつたこと、行進の時間帯においては通常かなりの交通量があること等から、ひとたび前記条件に掲げられたうずまき行進等の行進をなした場合は付近の交通に著しい混乱と渋滞を招き、事故等の危険も生じやすくなることが容易に予想されるので同警察署長が付した前記許可条件は道路の危険を防止し、交通の安全と円滑を図るための合理的かつ必要最少限度の表現の自由に対する制限であることが認められ、本件規制の具体的運用等にあたつても不相当があつたとは認められず、論旨は採用できない。

第二、可罰的違法性不存在の主張について

弁護人は「かりに第一の主張が認められず、公訴事実記載の事実が存在しても、可罰的違法性がなく本件は無罪である。」旨主張する。

しかしながら、前示各証拠によれば本件現場は金沢市の目抜き通りを貫通する国道八号線の道路上であり、交通量も金沢市では最も多い場所のひとつであること、しかも時間帯は午後七時四七分ころより、七時五六分ころ迄の約九分間にわたつてなされたものであることが認められ、ラツシユ時を外れているとはいえ、通常まだかなりの交通量があることは明らかである。

右場所、時間帯における交通量、および前記認定の被告人らの本件デモ行進の形態、同行進の継続時間、被告人の役割を総合して考えると被告人の判示所為は十分刑罰を科するに価する違法性があるものというべく、結局右主張は採用できない。

第三、公訴権乱用の主張について

弁護人は「かりに第一、第二の主張が認められないとしても、本件公訴提起は公訴権の濫用であるから、公訴を棄却すべきである。」旨主張する。

しかしながら、前叙の如く本件デモ行進の形態、行進の継続時間等から事案必らずしも軽微とは言いがたく、検察官の本件公訴提起は著しくその妥当性を欠くものといえないことは明らかである。弁護人の右主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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